Kindle 書籍情報
書誌情報
- 出版社
- 光文社
- 最大 No.
- 3893
感想
日本ではバッタの食害と言うとイナゴのそれぐらいであまり深刻さがない。しかし大陸ではそうでない。
バッタは漢字で「飛蝗」と書き、虫の皇帝と称される。世界各地の穀倉地帯には必ず固有種のバッタが生息している。私が研究しているサバクトビバッタは、アフリカの半砂漠地帯に生息し、しばしば大発生して農業に甚大な被害を及ぼす。その被害は聖書やコーランにも記され、ひとたび大発生すると、数百億匹が群れ、天地を覆いつくし、東京都くらいの広さの土地がすっぽりとバッタに覆い尽くされる。農作物のみならず緑という緑を食い尽くし、成虫は風に乗ると 1 日に 100 km 以上移動するため、被害は一気に拡大する。地球上の陸地面積の 20% がこのバッタの被害に遭い、年間の被害総額は西アフリカだけで 400 億円以上にも及び、アフリカの貧困に拍車をかける一因となっている。
バッタの翅には独特の模様があり、古代エジプト人は、その模様はヘブライ語で「神の罰」と刻まれていると言い伝えた。「蝗害」というバッタによる被害を表す言葉があるように、世界的に天災として恐れられている。
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若干黄色みの有る部分は全てバッタである。
バッタがこれほど群がり、飛んだ時は空が暗くなるほどなのだ。
本書はそのバッタを研究対象に選んだ若手昆虫学者の奮闘記。しかし本書の最終近くの部分で
この本で研究内容についてあまり触れていないのは、私の怠慢が原因でほとんど論文発表していないため、まだ公にできないという事情がある。論文発表したら、また読み物として紹介するつもりだ。論文の数だけ裏に潜んでいるエピソードを紹介できるようになる。少々時間がかかるが、心待ちにしていただきたい。
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とあるように、話の中心はバッタを倒すことだけでなく、「若手研究者がどうやって安定的な職をるのか?」でもある。
昨今では国が金を出すとなると、学術研究までも
- 社会に役に立つのか?
- 経済合理性は有るのか?
- もっと露骨に金になるのか?
が重要視されるが、そんなことは企業に任せておいて、国はもっと大局的に長い目で見て企業が金を出さないようなことに投資したほうが良いのでないか? といったことまで想起させることになる本。
語り口が軽妙で非常に読みやすい。
印象的な箇所
アフリカの実情
バッタが発生してから業者に殺虫剤を注文していたのでは迅速な対応ができないため、常に一定量は自前で保管していなければならない。この大量の殺虫剤も大発生時には一瞬でなくなるが、バッタが発生しなければ殺虫剤は経年劣化し、使用期限が過ぎてしまう。なるべく新しい殺虫剤を維持できるよう、近隣諸国で殺虫剤の貸し借りを行い、古いものから使用して調節しているそうだ。
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所長は何かを思いつき、コータローに見せたいものがあると、パソコンでスライドショーをはじめた。スライドには、悲惨な写真がずらりと並ぶ。 「もし、あなたの給料が低いと考えているのなら、彼女はどうか?」と、物乞いをしている女の子の写真が表示された。 「もし、あなたの交通手段に文句を言うのなら彼らはどうか?」と、吊り橋を渡る人々の写真が表示された。
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文字を書くのにパソコンを使う人と地面の砂に書く人、ナイキやアディダスなどの靴の選択肢を持っている人とペットボトルを潰し、それを靴代わりにするしか選択肢のない人……。
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「あなたが不満をもっているのなら、周りを見回してあなたが置かれている環境に感謝すべきだ。幸運にも私たちは必要以上に物をもっている。際限なく続く欲望に終止符を」とメッセージが添えられていた。
ババ所長が、このスライドショーを見せた意図を説明してくれた。 「いいかコータロー。つらいときは自分よりも恵まれている人を見るな。みじめな思いをするだけだ。つらいときこそ自分よりも恵まれていない人を見て、自分がいかに恵まれているかに感謝するんだ。嫉妬は人を狂わす。お前は無収入になっても何も心配する必要はない。研究所は引き続きサポートするし、私は必ずお前が成功すると確信している。ただちょっと時間がかかっているだけだ」
肩をがっつり叩いて励ましてくれた。
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西アフリカ地域の防除費用は、普段なら 3 億円程度だが、大発生してから対応した場合は 570 億円に跳ね上がる。大発生してから支援金を集めていたのでは、現場に金が下りてくるのに時間がかかりすぎ、手遅れになってしまう。
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モーリタニアの人々
後に発覚したのだが、彼が言っていた、外国人研究者は研究所の 2 倍の給料を支払うといった事実はなく、そもそも彼は一度も外国人に雇われたことはなかった。だが、秋田県民に特有の見栄っ張りで、給料を下げることができず、私はティジャニを 2 倍の給料で雇い続けるハメになってしまった……。
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モーリタニアの給料の基準は知らなかったが、大人一人を月 2 万円で雇えるなら安いと思い OK を出した。喜びを爆発させるティジャニ。「メルシー」を連呼する。
だが、後に発覚するが、ティジャニは研究所からも給料をもらっており、私を騙して給料の 2 重取りを画策したのだ。ババ所長にバレてこっぴどく叱られ、研究所からの給料が一時カットされるのは 2 年後のことだ。
学生モハメッドのときもしかり、研究所を通さず、個人的に金銭が絡んだ取引をするときは、皆、大体良からぬことを企んでいる。揉め事を起こさないためにも所属機関をきちんと通し、正規の手続きをとる必要がある。
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もともとは微糖派だったが、朝飯初日、手元に砂糖がなかったのでブラックで飲んだところ、ティジャニが「コーヒーに砂糖を入れずに飲むなんて信じられない」と尊敬のまなざしで私を拝んできた。なので、その日以降、大人の威厳を見せつけるために、コーヒーはブラックで飲むことにした。新しい環境に来たので、舐められてはいけない。
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給金でしっかりかもられているではないか。
待合室が異常に暑い。木陰のほうがマシだ。汗をかきながら、ふと壁を見た瞬間、暑さの原因がわかった。窓口の中で使用しているエアコンの室外機が待合室の中にあり、熱風が注ぎ込まれているのだ。お客様を完全度外視。暑がる客を見ながらの仕事は、さぞかし涼しいことだろう。
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面白いのは、モーリタニア人のオフィスでのエアコンの使い方だ。みんなガンガンに冷房を効かして寒そうにしている。北海道民が冬に暖房をガンガンつけて、T シャツで過ごしているのに近いものがある。
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バッタの生態
ちなみに、バッタとイナゴは相変異を示すか示さないかで区別されている。相変異を示すものがバッタ (Locust)、示さないものがイナゴ (Grasshopper) と呼ばれる。日本では、オンブバッタやショウリョウバッタなどと呼ばれるが、厳密にはイナゴの仲間である。
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成虫は、体が十分に温まっていれば飛び回れるので天敵に捕まることはまずないし、好きな所にいられる。日中の気温が高い時間帯は地面や丈の低い植物に潜んでいるが、日が暮れてくると比較的大きな植物に移動し、そこで夜を過ごす。高い移動能力を活かし、一日の中でポジションを変えていることが判明した。
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人間ほどの大きさの植物を寝床に選んだバッタは枝にしがみついているが、私が歩いて近づくと、自ら地面に落ちて植物の根元に隠れようとする。寒さで俊敏に動けなくても、落ちてしまえば重力が手助けして垂直方向に素早く移動できる。おまけに入り組んだ枝が邪魔をして、素手ではとてもじゃないけどバッタを捕まえることはできない。逆に人間よりも大きな植物に潜んだバッタは、手が届かないことを知っているかのように、地面に落ちてこず、その場に留まる。すなわち、バッタは低温時の不活発で危険な時間帯を、植物を巧みに利用することで乗り切っているのだ。
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研究の経済状況
研究者は、時に自分で実験装置を工夫して手作りすることがあるが、特殊な装置や設備を扱うには高度な知識と職人技が要求され、それを兼ね備えた人は「テクニシャン」と呼ばれる。
1822
とりあえず、容器がほしい。虫を 1 匹ずつ入れて観察したいので、手頃な大きさのプラスチック容器があったら最高だ。
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食べ終えた長方形の使い捨てのプラスチック皿を、ティジャニの分と重ねて捨てようとしたとき、ハッとひらめく。向かい合わせにくっつけると、これはもはや容器ではないか!
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鉢合わせならぬ皿合わせをし、ホッチキスで端を留め、天井になる皿の底をくりぬいて上から観察しやすくする。ゴミダマも脱出不可能な観察容器の完成だ。
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活動を記録するための秘策は、すでに温めていた。野宿のときにゴミダマの足跡が砂丘を埋め尽くしていたのをヒントに、砂に残った足跡を手掛かりにすれば、いつ活動しているか判明すると考えていた。砂漠では、足跡からどんな動物が歩いたのかわかる。観察容器の中にサラサラの砂を敷きつめ、そこにゴミダマを 1 匹だけ放す。足跡はもちろん残るし、容器を軽くシェイクすれば砂上の足跡は消え、簡単にリセットできて再利用可能だ。
1848
ワンセット (容器、パイプ、ホッチキスの針、砂) でしめて 50 円と驚きの安さだ。
1870
帰国後、川端さんから連絡があった。砂漠の砂のせいで、何十万円もするレンズがぶっ壊れてしまったそうだ。砂漠の砂はきめが細かく、隙間という隙間に入り込んで、デジタル製品をことごとく破壊していく。ズーム式のレンズなんかイチコロでやられてしまう。
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普通のカメラだと砂に瞬殺されるあげく、メンテナンスが大変すぎるので、私は防水防塵のリコーの WG シリーズのデジカメを使っている。パソコンは特別仕様で、パナソニックの「タフブック」と名付けられた防水防塵の頑丈な相棒だ。こちらは市販されておらず、軍隊や消防関係の人たちが使っているそうで、お値段は 40 万円。砂漠生活は何かと余計な出費がかかる。
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バッタ害研究の現状
2011 年、モーリタニアは国家存続の危機に直面していた。雨がまったく降らないのだ。皆が口をそろえ、こんなに雨が降らないのは初めてだと言う。
1964
バッタが猛威を振るう地には、古の言い伝えがある。それは、外国から研究チームがやってくると、バッタの大発生がパタリと止むというものだ。
1987, 88 年に歴史的なサバクトビバッタの大発生が起こり、アフリカは壊滅的な被害を受けた。事態を重く見たドイツは大型の研究プロジェクトを発足させ、モーリタニアに研究チームを派遣した。ところが、すぐにバッタの大発生は終息し、研究チームは現地入りしたものの、バッタの大群に遭うことなく、空しく時だけが過ぎていった。
けっきょく空振りのまま研究チームはモーリタニアを去った。手ぶらで帰った研究者たちへの世間の風当たりは、さぞかし強かっただろう。
1991
翌年、あろうことかモーリタニアでバッタが大発生した。 「バッタの大発生は極めて稀な問題であり、どうせバッタ研究を支援しても実りは少ない」
一度失った信頼を取り戻すのは容易ではなかった。巨額の予算を使って目立った成果を上げられなかった研究者たちは、政府からの支援と信頼を失っていた。研究者にとって絶好の研究の機会となるバッタの大発生を、ドイツの研究者たちはその目で見ることすら許されなかったのだ。
バッタにとって最大の天敵は研究者だ。研究者は、今はまだ知られていないバッタの弱点を暴く能力をもっている。バッタがこの先も大発生し続けていくためには、研究者の前に姿を現し、弱点を握られてはいけないのだ。つまり、今回も私に恐れをなし、バッタは身を潜めたにちがいない。「神の罰」は、数億円の予算を携えた巨大プロジェクトと同様に、一介のポスドクにも恐れをなしているようだ。バッタも本来ならば大発生し、砂漠を支配したいはずだ。私が去るか、バッタが大発生するか。誰も知らない水面下で、私とバッタとの我慢比べがはじまった。
このまま引き下がっては、ドイツの研究者たちの二の舞だ。私にとってはつらく長い持久戦になるだろうが、この間にすべきことは、来たるべき決戦に備え、己の研究者レベルを上げ、研究資金を確保しておくことだ。この苦難を乗り越え、バッタの弱点をつかんだときこそ、昆虫学者への道 (就職) が開き、アフリカを飢餓問題から救えるはずだ。私は振り返らずに前に進む決断を下した。それが、修羅の道だということも知らずに……。
1998
アフリカ独自の困難さ
砂漠を走行していると、草木が生えていない、いかにも走りやすそうな地面が出現した。ところが、GPS の地図画面は湖の存在を示している。きっと古い情報を元に作った地図画面だろうと思っていたら、ティジャニは目に見えない湖を避けていく。
書誌情報
- 前
- 「ティジャニ、直進だって! 曲がらなくてもいいよ!」
- テ
- 「ノン、ここはサッファだから通れない」
- 前
- 「サッファって?」
- テ
- 「サッファはとても危険な所だ。塩と水がたくさんあって、車で進入するとハマって脱出できなくなる。今は昼だから見た目には水がないように見えるが、夜になると水が地面から染み出てくる。昔、研究所のドライバーがサッファを横切ろうとしてハマってしまい、車を一台失っている。車でサッファを横切るのは危険すぎる」
感想
草木が生えていないのは塩のせいだった。初めて聞く地形に興味をもち、車を停め、歩いてみると、地面が一部ブヨブヨしてるし、地表には塩の結晶が見える。平坦な地面だが、ところどころ大きな穴が空いており、中を覗くと水がたまっている。舐めてみると確かに塩だ。
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死への保険
車で移動する際は、砂地の砂丘を避け、なるべく平坦で硬い地面を走行する。砂漠にも実は道があり、そこには生活の知恵が隠されている。道といってもアスファルトで舗装されているわけではない。単にタイヤの跡なのだが、長年にわたり多くの車が通るため、くっきりとした轍に仕上がっている。場所によっては、轍があみだくじのように何本にも分かれている。最も溝の跡が濃いものが往々にして最短ルートで安全な道だ。
各々が好き勝手に走行するのではなく、轍を走れば、でこぼこがすり減り滑らかになるので高速で走行できる。また、万が一車が故障しても、後続車に発見してもらえる可能性が高まる。砂漠での安全走行のコツは、いかにして良い轍を見つけ出すかにかかっている。ティジャニはモーリタニア中の名もなき道を一本ずつ覚えており、私を目的地に安全にいざなう名ガイドでもあった。
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