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- 日経ナショナル ジオグラフィック
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感想
全体の感想
書名からは「科学が世界に及ぼした災い」を想起するが、原子爆弾のように当初から被害を及ぼすことを目的とした事柄ではなく、副題にあるように当初は善意であったものが結果的に悪影響を及ぼした事柄について述べられる
ただこの説明でもまだ語弊が有り、現代科学は自らの間違いを正す手続きが内在しているが、その手続きを無視し、個人や団体の思い込みが起こした災いについて述べられる
印象に残った記述
薬物
2008 年には、処方鎮痛薬が原因で 15000 人が死亡した。これにより、30 の州で鎮痛薬が事故死の最大の原因となった。
中略
ほとんどの保険会社は、乱用の防止に乗り出そうとはしなかった。オキシコンチンが登場する前は、慢性的な痛み (慢性疼痛) は精神療法、バイオフィードバック (訳注 生体自己制御療法) 、運動、それに理学療法によって治療されていた。鎮痛剤はそのままにしておきたいという思惑が保険会社側にはあった。複数の研究により、このように様々な手段を併用する集学的治療の鎮痛効果は、慢性的な薬物使用を超えるとまではいかなくても、同程度の効果が得られることが示されていたが、薬は他の方法に比べて安価だったからだ。残念ながら、保険会社の多くは薬の使用を奨励した。
中略
現在、世界のオピオイド薬の処方箋の 80 % が、世界人口の 5 % しか居住していない米国で書かれている。
469
脂肪
1977 年、マクガバン委員会は過去に類を見ない、ある歴史学者に言わせると「革命的」なレポートを公表した。何が革命的だったかといえば、栄養学を学んだ経験も専門知識もない政治活動家たちの集団によって書かれていたからだ。
中略
科学的調査によるはっきりした裏づけはなかったが、その事実をとがめられることもなく、フォアマンは動き出した。
中略
はっきりした勧告を出すには、科学者たちの知識は十分とは言えなかった。だが、データは曖昧でも、農務省の勧告は明確だった。脂肪摂取の制限は、政府の正式な政策となった。
中略
モッターンのレポートが公開された後で、マクガバン委員会の委員たちは複数の科学者の意見を取り入れるべきだと判断した。
中略
レビーは今さらこのような話をしても遅いこともわかっていた。「お偉い上院議員の先生方は指針を公表してから、我々にアドバイスを求めにきた」と彼は嘆いた。
中略
米医師会までが口を出し、マクガバン委員会が提言する食生活は「悪影響を及ぼす可能性がある」と言い切った。
中略
こうして米国の人々は、脂肪の摂取を控えると心臓病の発症率を下げることができるかどうかという国を挙げての実験に、被験者として知らず知らずのうちに参加させられることになった。
中略
それからの 20 年間で、30 万人を対象におよそ 1 億ドルをかけて 3 回の大規模研究が行われ、脂肪の摂取と心臓病の関係が調べられた。そうして出た答えは、両者は無関係だというものだった。
中略
ハーバード大学の疫学者で、大規模研究のうちの 1 回の責任者を務めたウォルター・ウィレットは憤慨した。「ひどいものだ」と彼は言った。「連中は『勧告を変えるには、もっと信頼性の高い証拠が必要だ』と言いおった。勧告を出したときには信頼性の高い証拠などなかったのに、皮肉なものだ」。
中略
1980 年代の初めに、これら 2 種類の脂肪の相対的な量が明らかになると、複数の研究によって飽和脂肪酸が心臓病のリスクを高めることが示された。これらの研究結果をきっかけに、不飽和脂肪酸は善、飽和脂肪酸は悪という図式が出来上がった。このような流れに反応して、二つの団体が米国の食生活から飽和脂肪酸を排除する活動を始めた。彼らの活動が見当違いだったことに米国の人々が気づくのは、ずっと後のことだ。
中略
1984 年、公益科学センター (CSPI) が飽和脂肪酸を豊富に含む動物性脂肪やココナッツ油、パーム油などを使って揚げたり焼いたりする食品の製造会社を狙った独自の「飽和脂肪酸攻撃」を開始した。それから 1 年後、心臓発作で命を落としかけたフィル・ソコロフ (訳注 富豪の実業家) が、
中略
我々はすべての大手食品加工会社に連絡を取り、これらの危険をはらんだ原材料の使用をやめてくれるよう懇願した。(中略) 私たちの切なる願いに返答はなかった。これらの企業が消費者の健康を第一に考えていないことは明らかだ。私たちは行動しなければならない。(中略) 皆さんにお願いする。ココナッツ油やパーム油が含まれた製品を買わないでほしい。皆さんの命は危険にさらされているかもしれない」。
中略
このような動きは、FDA や WHO、米国農務省 (USDA) 、米国立衛生研究所により全面的に支援されていた。心臓病の問題を解決するための道筋ははっきりしたかのように思われた。飽和脂肪酸を不飽和脂肪酸に置き換えれば、問題は解決するはずだ。米国では、バターの代わりにマーガリンを使えと教えられるようになったが、あいにくなことにマーガリンには誰もが想像していなかったはるかに危険な種類の脂肪、トランス脂肪酸が含まれていた。
中略
悪玉だと信じられていた飽和脂肪酸を大量に含むココナッツ油やパーム油などの熱帯植物油とバターのような動物性油脂を使用する企業を糾弾することで、CSPI や NHSA は知らず知らずのうちにもっと危険な食品であるトランス脂肪酸を米国に普及させていた。25 % のトランス脂肪酸を含むマーガリンのような食品が突如として「健康に良い代用品」に祭り上げられたのだ。
608
有名人の言動
DDT
レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を出版した 1962 年の時点で、マラリアを抑え込むための最大の武器はキニーネやクロロキンなどの治療薬でも、蚊よけ網 ( 蚊帳の類い) や沼池の水抜きなどの環境対策でもなかった。マラリアと戦うための、最も効果が高く、最も安上がりな最高の武器は、何といっても DDT だった。散布計画が実施されると、南アフリカのマラリアの患者数は 1945 年の 1177 人から 1951 年には 61 人に激減し、1940 年代半ばに 100 万人以上の患者がいた台湾は 1969 年には患者がわずか 9 人になり、1946 年に 75000 人がマラリアに罹患していたイタリアのサルデーニャも 1951 年には患者が 5 人になった。
中略
米国科学アカデミーが 1970 年に行った試算によれば、DDT は 5 億人の命を救ったと推定された。DDT は、歴史上のどんな化学薬品よりもたくさんの命を救ったといっても過言ではないだろう。
中略
レイチェル・カーソンの『沈黙の春』をきっかけに、彼らは DDT の全面禁止を目標に定めた。1969 年にウィスコンシン州とアリゾナ州で DDT が禁止され、同様に禁止されたミシガン州では地元の新聞に正式な死亡記事が掲載された。
中略
皮肉なことに、禁止されなかった化学物質はどれも DDT よりもはるかに人体に有害なものばかりだった。
中略
『沈黙の春』に触発されたこれらの動きは、蚊を DDT の脅威から救った。しかし、人々は蚊の脅威から子供たちを救うことはできなかった。
中略
環境保護の名目で、米国は自分たちが脱出に使った足場をしまい込み、途上国には役に立たない生物戦略や、高くて買えない抗マラリア薬だけを残した。
環境保護庁が米国で DDT を禁止した 1972 年以降、5000 万人がマラリアで命を落とした。そのほとんどは、5 才未満の子供たちだった。
中略
最終的に、99 の国でマラリアは根絶され、ほとんどの国で根絶のために DDT が使用された。「DDT の禁止は、20 世紀の米国において最も恥ずべき出来事の一つだった」と作家のマイケル・クライトンは書いている。「私たちには多くの知識があったのに、そんなことはお構いなしに、世界中の人々が死ぬにまかせ、気にもとめなかっ
中略
環境保護活動家たちは、DDT の禁止は究極のジレンマだと主張する。DDT が禁止されれば、マラリアで死ぬ人が増える。しかし、DDT が禁止されなければ、白血病や各種のがんをはじめとする様々な病気にかかり、死ぬ人が出るだろう。この論法には、一つの誤りがある。『沈黙の春』でカーソンが警告したにもかかわらず、ヨーロッパ、カナダ、米国の研究により、DDT は肝臓病や早産、先天性異常、白血病、あるいは彼女の主張にあった他の病気の原因にはならないことが示された。DDT の使用期間中に増加した唯一のがんは肺がんだったが、これは喫煙が原因だった。何といっても、DDT はそれまでに発明されたなかでは最も安全な害虫対策だった。他の多くの殺虫剤に比べれば、はるかに安全性が高かった。
中略
毎年、冬になると、全米オーデュボン協会はクリスマス・バード・カウント (訳注 クリスマス期の鳥数調査) を実施している。DDT が登場する前の 1941 年から、DDT が少なくとも 10 年間使用された後の 1960 年にかけて、少なくとも 26 種類の鳥についてカウントが行われた。その結果、すべての種類で鳥の数は増えていた。『沈黙の春』で、カーソンはホシムクドリ、コマツグミ、マキバドリ、ショウジョウコウカンチョウなどが被害をこうむった特定の事例ばかりに注目している。しかし実際のところ、少なくともクリスマス・バード・カウントの結果を見る限りでは、どの鳥の数も約 5 倍に増えていた。
中略
レイチェル・カーソンは全米オーデュボン協会の会員で、毎年行われるクリスマス・バード・カウントにも参加していた。だから、彼女が鳥の数の変化について知らなかったはずはない。にもかかわらず、カーソンはこのデータを取り上げないことを選んだ。『沈黙の春』のなかで、レイチェル・カーソンは、鳥の数が減少した理由として生息環境の破壊、採卵、狩猟などには一切言及していない。これでは殺虫剤は魔女狩りにあったも同然だ。「『沈黙の春』は、1960 年代の読者たちだけでなく、現代の読者たちでさえ、その詩的な文体と描写に心を動かされるが、この本が散文に重きをおき、科学を軽く扱っていることを科学者たちは見逃さない」とドナルド・ロバーツらは著書『素晴らしき力:DDT の政治史および科学史』で書いている。「化学や自然界の研究者や学生たちは、病害対策のための法律や政策やグローバル戦略の策定において『沈黙の春』がどのようにして科学の出番を奪うことになるか、想像もつかなかったに違いない。
中略
1970 年代の初めに環境保護庁が DDT を禁止したときにはすでに、DDT が人間の病気を引き起こすかどうか、あるいは野生生物に影響を与えるかどうかについて、多くの情報が明らかになっていた。このような情報は、非営利団体の環境防衛基金 (EDF) が強い働きかけで実現させた公聴会で明らかになった。
中略
公聴会は 8 カ月間にわたって続き、125 人の証言者が呼ばれ、365 件の証拠が提出され、作成された記録書は 9312 ページに及んだ。公聴会の最後に、審査官のエドワード・スウィーニーが結論を下した。「DDT に、人間に対する (がんの原因となるような) 変異原性や (先天性異常を引き起こすような) 催奇形性はない。ここで話し合われたような登録条件下での DDT の使用は、淡水魚、河口生物、野鳥、その他の野生生物に有害な影響を与えることはない。(EDF は) 十分に立証責任を果たしたとはいえず、本件で定義される必要不可欠な使用においては、DDT を継続的に使用する必要性が認められる」。新設されたばかりの環境保護庁の長官、ウィリアム・ラッケルスハウスは、一度も公聴会に出席しなかった。公聴会が終了した後も、彼は報告書に一切目を通さなかった。そのまま、ラッケルスハウスは 1972 年 6 月 2 日に一方的な DDT の禁止に踏み切った。これは世論に配慮した、政治的判断だった。そして、これをきっかけに国際的な DDT 反対運動に火がつき、結果として世界中で DDT が禁止された。
中略
化学業界はこのような動きも意に介さないようだった。DDT は農業に使われる数多くの殺虫剤の一つに過ぎない。そして、農業市場は公衆衛生市場に比べればはるかにもうけが大きい。今や、DDT の代わりとなる、価格がもっと高くて、さらに人体にとってはるかに有害な薬剤はいくらでもあっ
中略
人為的な活動が環境を破壊するという、カーソンの基本的な前提は正しかった。現代の私たちが、地球に人間が与える影響をはっきり意識するようになったのは、レイチェル・カーソンのおかげだ。しかし残念ながら、カーソンはゼロ・トレランス (ゼロ容認) という概念も誕生させた。濃度や量に関係なく有害物質は一切認めず、全面的に禁止すべきだという考え方だ。(農業で使用されるような) 大量の DDT が有害な可能性があるなら、(蚊に刺されないようにするための) ごく少量の使用も避けるべきだということになる。ある意味では、レイチェル・カーソンは予防原則の最初の提唱者であったといえるかもしれない。しかし、最終章のがん検診プログラムの例で出てくるように、用心することにも用心が必要だ。
3003
ノーベル賞
ライナス・ポーリングは長い間、優秀で正しい人間として生きてきたため、自分が間違いを犯すなどとは想像もできなかった。本当に間違いを犯してからも、それを認めることができなかったの
中略
おそらく、このことは彼の最大の欠点とは無関係ではなかっただろう。それは、虚栄心だ。アインシュタインは誰かから反論を受けたとき、指摘された点についてじっくり考え、自分の間違いが見つかれば喜んだ。なぜなら、そのおかげで自分が過ちから抜け出せたとアインシュタインは考えたからだ。
中略
2004 年、コペンハーゲン大学の研究者たちが、計 17 万人が参加した 14 回のランダム化試験でビタミン A、C、E およびβ カロテンの大量摂取により、腸がんの発生率が下がるかどうかを調べる研究の結果をまとめた。肺がんの場合と同様に、ビタミンを大量に投与された被験者は、余分なビタミンを投与されなかった被験者に比べて腸がんにかかる割合が高かった。
中略
食べ物をエネルギーに変えるときに、体では酸化と呼ばれる処理が行われる。酸化が起こるときに、フリーラジカルと呼ばれる体に非常に有害な作用を及ぼす物質 (訳注 不対電子をもつ反応性が高い物質) も生成された。
中略
ライナス・ポーリングは一つの重要な事実を見落としていた。酸化は、新しいがん細胞を殺し、血管の詰まりを解消するためにも必要なのだ。大量のビタミンやサプリメントを摂取するように人々に勧めたことで、ポーリングは酸化と抗酸化のバランスを大きく抗酸化に傾けることになり、がんや心臓病のリスクを高める結果を招いてた。
中略
第二に、ポーリングはビタミンなどの栄養素は、食物に含まれていても、人工的に精製や加工したものでも変わらないと考えていた。これもまた、間違いだった。
中略
大量に摂取するように勧めていたポーリングは、不自然な行為を推奨していたことになる。例えば、キャサリン・プライスの本『ビタマニア』には、リンゴ半分にビタミン C はわずか 5.7 mgしか含まれていないが、1500 mgのビタミン C に匹敵する抗酸化作用があると書かれている。それは、ビタミン C と一緒に含まれるフィトケミカルがビタミンの効果を高めるからだ。
中略
強力な抗酸化物質として知られ、ケチャップからトマトソースまで、あらゆる商品の宣伝に使われる。ラットを使った前立腺がんの研究により、(トマトのあらゆるフィトケミカルを含む) トマトパウダーは、抽出されたリコピンを大量に摂取した場合に比べて、腫瘍を大幅に小さくすることが示され
中略
私たちは毎週のようにこれらのサプリメントの少なくとも一つに有害性が見つかり、棚から姿を消しているという事実を黙殺したがっているように思える。これまでにも、店で普通に買えるアミノ酸 L-トリプトファンのサプリメントが原因で病気が発生し、5000 人の被害者と 28 人の死者を出した L-トリプトファン事件、ダイエット食品 (オキシエリート・プロ) を食べた 50 人が重度の肝臓病を発症し、一人が死亡、3 人に肝臓移植が必要になったオキシエリート・プロ事件、コネチカット州の企業 (ピュリティ・ファースト) が販売したビタミン剤に効果の強い 2 種類のアナボリックステロイドが含まれていることがわかり、北東部の女性数十人に男性化の症状がみられたピュリティ・ファースト事件などが起こっている。
3321
ゼロ・リスクの間違い
細菌
この 10 年ほどの間に、マイクロバイオーム (微生物叢) と呼ばれるものの研究が進められてきた。
中略
私たちの体の一部を覆う細菌の数と種類は、私たちが糖尿病や喘息、アレルギー、肥満を発症するかどうかに影響するのだ。さらに驚いたことに、乳幼児に抗生物質を投与して細菌の状態を変えると、これらの病気のリスクが高まることもわかった。この教訓は明らかだ。必要なときには抗生物質を使うべきだが、使い過ぎは逆にリスクを高める。
中略
サルモネラ感染症、赤痢、大腸菌感染症、A 型肝炎のような食べ物や水が原因で発生する病気を減らす衛生管理プログラムにも、見えざるリスクがある。先進国では命にかかわる細菌やウイルスの感染症の発生件数は減少しているが、喘息やアレルギーなどの病気は増えている。
中略
途上国の子供たちは、生まれた瞬間から次々と菌にさらされ続け、彼らの腸には先進国にはめったにいない寄生虫や毒素を生成する細菌が住みついていることが多い。これらの感染症にかかると栄養不良に陥ったり、最悪の場合は死に至ることもあるが、途上国の子供たちがアレルギーや喘息を発症する可能性を低くすると考えられている。研究者たちは、これを「衛生仮説」と呼んでいる。
3646
遺伝子組み換え
数十年、数百年前から使われてきたというだけの理由で、特定の技術の見直しを一切行わないというのも避けるべきだ。あらゆる技術は、絶えず評価を繰り返さなくてはならない。それを示す最も良い例は、全身麻酔だろう。麻酔薬は 150 年以上前から使われてきたが、数年間にわたって注意力や記憶力を低下させる恐れがあることが明らかになった
中略
米国で生産された作物のうち、大豆の 94 %、綿の 96 %、トウモロコシの 93 % が遺伝子組み換えであり、途上国で栽培されている作物の 54 % は遺伝子組み換え作物だ。その結果、特に途上国の農家にとっては劇的な変化がもたらされた。遺伝子組み換え技術のおかげで農薬の使用量は 37 % 減少し、生産量は 22 % 増え、農家が手にする収入は 68 % 増えた。遺伝子組み換え作物の種の値段は普通の種よりも高いが、農薬の使用量が減り、収穫量が増えるおかげで価格差は十分にまかなえる。
中略
遺伝子組み換え技術を積極的に支持していない欧州連合でさえ、科学を無視することはできない。2010 年、欧州委員会は次のような声明を発表した。「500 以上の研究グループが関与した、研究期間が 25 年以上におよぶ 130 件以上の研究プロジェクトにより導きだされた主な結論は、バイオテクノロジー、特に遺伝子組み換え作物は、従来の育種技術と比べてそれ自体の危険性が高いとはいえない
中略
ほとんどのワクチンは遺伝子が組み換えられている。遺伝子組み換えを行わず、「自然のまま」の細菌やウイルスを注射すれば、病気にかかってしまう恐れがあるから
3663
化学物質
ビスフェノール A
ビスフェノール A の有害性に対する懸念が高まり、マウスやラットでビスフェノール A の影響に関する研究が行われた結果、乳がん、前立腺がん、思春期早発症、卵巣嚢腫、肥満、注意欠陥障害との関連が明らかになっ
中略
ビスフェノール A の物語もほどなくして新たな展開を迎えた。
まず、研究者たちは動物モデル研究の結果をうまく再現できなかった。人間が暴露される可能性が高いと思われる量のビスフェノール A の影響を評価する研究で、特にその傾向が顕著だった。ハーバードリスク分析センターは 2004 年の報告書で、「少量のビスフェノール A の影響を肯定する確実な証拠はない」として
中略
2011 年、人間を対象にした複数の研究をまとめたレビューにより、少量のビスフェノール A が有害であることを示す証拠はないことが明らかにされた。マウスやラットを使った研究でビスフェノール A が問題を引き起こしたのは、これらの動物たちにビスフェノール A が注射で投与されていたからだ。通常ならビスフェノール A は肝臓に入ると 5 分以内に不活性化されるが、注射によって体内に入ると肝臓を経由せずに、ビスフェノール A が直接体内をめぐることになる。ビスフェノール A を口から体内に取り込んだ場合、一般的な人間の摂取量の 40 倍、400 倍、あるいは 4000 倍の量を与えられても、マウスやラットの健康に問題は生じなかっ
中略
2014 年 7 月、FDA は「ビスフェノール A は現在、食品に含まれうるレベルでは安全」だと宣言した。同様に、2008 年、2009 年、2010 年、2011 年、2015 年にビスフェノール A に関する勧告を発表した欧州食品安全機関も、ビスフェノール A は安全だと言い続けて
中略
どちらの機関も、ビスフェノール A の耐容 1 日摂取量 (TDI) を設けているが、平均的な成人がこの摂取量を上回るには、普通の食生活で摂取されるビスフェノール A のおよそ 1 万倍に相当する量を摂取する必要が
中略
ビスフェノール A の研究を私たちが疑ってかかるべきだというもう一つの理由は、マウスは人間ではないということ
3786
サッカリン
2000 年 12 月 21 日、FDA はサッカリンを含む食品から警告ラベルを外した。
それに動物を使った研究で人間の体で起こることを予測できるというのなら、チョコレートを食べることだってやめるべきだ。犬にチョコレートを与えると不整脈を起こすことがあり、最悪の場合は死に至る。
中略
化学名がついたものを怖がる人間の性は、すぐには治らないだろう。数年前に、コメディアンのペン&テラーがある実験をやった。彼らは一人の友人をカリフォルニアの催し物会場に送り込み、1 酸化 2 水素 (ジヒドロゲンモノオキシド) の禁止を訴える嘆願書への署名を呼びかけさせた。数百人の人々が、このいかにも体に悪そうな物質を禁止する嘆願書に署名した。一酸化二水素とは、2 個の水素 (H) 原子と 1 個の酸素 (O) 原子が結合したもので、この化合物 H2O は水と呼ばれる。化学名を使うことで、ペン&テラーが差し向けた友人は水を地上からなくそうとする運動に数百人を加わらせることができた。
中略
チメロサールが挙げられる。チメロサールは化学構造にエチル水銀を含む防腐剤で、ワクチンに使われている。ワクチンは赤ちゃんにも注射さ
中略
防腐剤が最初にワクチンの大容量バイアルびんに加えられるようになったのは、1930 年代のことだ。ゴム栓に繰り返し針を刺すうちに、びんに細菌が混入する可能性があるため、防腐剤が使われるようになった。1900 年代の初めには、バイアルびんを開封してから何人もがワクチンを接種された後でワクチンを受けた子供たちにはびんに入り込んだ細菌まで接種されることになり、重度の感染症を引き起こして、命を落とすこともあった。
中略
1999 年に、ワクチンにより赤ちゃんや幼児の体内に多量の水銀が取り込まれることを不安視する声が一部の医師たちから上がった
中略
B 型肝炎ワクチンなど一部のワクチンにはまだチメロサールが使われていた。およそ 10 % の病院がチメロサールを含む B 型肝炎ワクチンを投与しないという決断に踏み切り、結果としてミシガン州で 3 カ月の赤ちゃんが劇症型の B 型肝炎を起こして死亡し、フィラデルフィアでは B 型肝炎ウイルスに感染した母親から生まれた 6 人の赤ちゃんがワクチンを受けられず、慢性肝炎 (肝硬変) や肝臓がんを発症する不安を抱えながら人生を送ることになった。これらの病院では、チメロサールを含む B 型肝炎ワクチンによる (理論上でしか示されていない) 害は、B 型肝炎にかかるという (実際に目の前にある) リスクよりも重大であると誤解されていたのだ。
中略
乳幼児向けのワクチンにチメロサールが使われなくなってからわずか数年のうちに、7 つの研究によりチメロサール入りワクチンに害がないことが示されている。確認された唯一の有害事象は、現実にあるリスクよりも理論上のリスクが重視されたことが原因だった。
中略
水銀は地球の地殻にも含まれる成分であり、完全に避けることはむずかしい。(母乳や赤ちゃん用ミルクも含めて) 地球上の水に由来する飲み物には、どれも少量ながら水銀が含まれる。これらのごくわずかな量の水銀なら健康に害はない。
3821
がん
20 年前の医学の教科書では、がんは「自然に経過すれば死に至る病気」と定義されている。いまやその定義は通用しない。今では、命にかかわることのないがんが見つかっている。がんで死ぬのではなく、別の原因で死ぬまで共存しながら生きていけるようながんもあるのだ。そのような命にかかわらないがんをみつける過程は、益よりも害の方が大きいのではないかと思われる。
ダートマス大学医学部のギルバート・ウェルチは、私たちが直面するジレンマを的確に表すたとえを持ち出している。納屋と動物のたとえだ。鳥、カメ、ウサギの 3 匹の動物が納屋にいて、逃げ出す機会をうかがっている。納屋の扉を開けると、3 匹は三者三様の速度で逃げ出そうとする。扉を閉める間もなく飛び去ってしまう鳥は、どれほど手を尽くしても患者の命を奪っていくがんに例えられる。
3952
甲状腺がん
動きが遅く、どうやっても実際に逃げ出すことはできないカメは、進行がゆっくりで悪性度が低く、命にかかわることのないがんに例えられる。
中略
扉をすばやく閉めれば捕まえることができるウサギは、発見する意味があるがんに例えられる。
子宮頸がんを見つけるためのパップテスト (細胞診) や大腸がんを見つけるための大腸内視鏡検査のような一部の検診は、命を救うことにつながる。どちらの検査でも、見つかる病気の多くはウサギだからだ。一方、甲状腺がん、前立腺がん、乳がんについては、早期に検診を受ける重要性がはっきりしていない。ジョンズ・ホプキンス大学医学部の外科医で多数の著作があるアトゥール・ガワンデの発言は、この状況を見事に言い得ている。「私たちは今、医療業界という金のかかる巨大産業をカメの発見と対応にせっせと取り組ませている」。
3960
1999 年、韓国政府は甲状腺がんの早期発見を目指す大々的ながん検診プログラムを全国で展開した。
中略
大規模な検診プログラムが実施された結果、韓国では新たに 4 万人以上の甲状腺がん患者が見つかった。この数字は、検診プログラムが始まる前の 15 倍以上にのぼる。
中略
こうして韓国で見つかった甲状腺がん患者は、甲状腺をすべて摘出する甲状腺全摘術と呼ばれる手術をほぼ全員が受けた。しかしながら、この手術には代償もあった。少なくとも、この手術を受けた患者は、死ぬまで甲状腺ホルモン補充治療を受けなければならなかった。さらに、適切なホルモン投与量を見極めることが難しい場合もあった。ホルモンの補充量が多すぎたり、少なすぎたりすると、患者は様々な症状に苦しめられることになった。
中略
声帯の神経が甲状腺のすぐそばを通っているため、声帯麻痺を起こした患者もいた。他にも、カルシウム濃度の調整を担う副甲状腺と呼ばれる分泌腺も近くにあるため、カルシウム代謝の異常を起こした患者もいた。また、手術の後で命にかかわる大出血を起こしたケースもあった。最初のうち、韓国の保健衛生当局は患者に症状が出る前にこれらすべてのがんを見つけられたことに歓喜した。次に、彼らは甲状腺がんの死亡率に目を向けた。数字は変わっていなかった。甲状腺がんによる死亡率は、大規模検診プログラムの前後でまったく同じだった。はっきりしていたのは、今では数万人の韓国人が甲状腺手術による副作用に苦しんでいるという結果だけだった。
中略
甲状腺がんの過剰診断と過剰治療は、何も韓国だけの話ではない。フランス、イタリア、クロアチア、イスラエル、中国、オーストラリア、カナダ、チェコ共和国でも、甲状腺がんの患者発生率は倍増している。米国では患者発生率が 3 倍に達した。これらの国では例外なく、韓国と同様に、甲状腺がんによる死亡率に変化はない。
解剖調査により、甲状腺がんを検診で見つけようとすることには問題があることがわかった。別の死因による死亡者を解剖した結果、およそ 1/3 に甲状腺がんが見つかったのだ。
3972
前立腺がん
前立腺がんもまた、検診で見つかりやすいがんだ
中略
PSA 検査のおかげで、前立腺がんは皮膚がんに次いで米国で診断されることが多いがんになった。それでは、前立腺がんによる死亡率はどうなったか? 変化はなかった。前立腺がんで死ぬリスクは、10 年前から変わっていないのだ。実際のところ、前立腺がん以外の死因により死亡して解剖が行われた 60 歳以上の男性の約 50 % に前立腺がんが見つかっている。85 歳以上ではこの数字は 75 % に跳ね上がる。つまり、甲状腺がんの場合と同じく、前立腺がんは命を落とすより、病気と共存しながら生きていける人の方が多いがん
4002
乳がん検診
マンモグラフィー (乳房 X 線撮影法) による乳がん検診も、評価が変わりつつある。
中略
2012 年、アーチー・ブレイヤーとギルバート・ウェルチは
中略
マンモグラフィーによる乳がん検診が導入されたことで、米国における乳がんの発生率が倍増したことに着目した。女性人口 10 万人あたりの乳がんの診断を受けた患者数は、112 人から 234 人に増えた。つまり、毎年新たに乳がんと診断される患者が ( 10 万人あたり)122 人増えたことになる。同時に、(死に至ることが多い) 末期乳がんの患者数は ( 10 万人あたり)102 人から 94 人に減った。つまり、検診の恩恵を受けたのは 122 人の患者のうちたった 8 人しかいないということのようだ。この 8 人以外は、さしたる恩恵もなく、乳房の摘出手術や放射線治療、化学療法を受けたことになる。論文の著者らは、マンモグラフィーによる乳がん検診が行われるようになってから乳がんの死亡率は下がったものの、死者が減少した主な原因は検査法ではなく治療法の進歩によるものだと結論づけた。さらに、彼らは 30 年間にわたるマンモグラフィーの歴史のなかで、命にかかわることのないがんの診断を受けた女性は約 130 万人にのぼると推定し、「ひいき目に見ても、マンモグラフィーによる乳がん検診は乳がんによる死亡率にごくわずかな影響しか与えなかった」と述べた。
中略
一部の国では女性の 40 % 程度しか検診を受けていない一方で、受診率が 80 % 前後と高い国もある。マンモグラフィーに効果があるなら、検診の受診率が高い国ほど乳がんによる死亡率は低くなるはずだ。だが、乳がんによる死亡率は、受診率が高い国でも低い国でも変わらなかった。
4032
教訓
ドナルド・マーフィーは、手紙の最後に、銘板に書いてその木の根元に釘で打ちつけておきたいような文章を記した。「人々の和は、過去を消すことによってではなく、今日の正しい理念と態度から生み出される
中略
時代の風潮に迎合するような科学的な偏見には気をつけなければならない、つまり時代の空気に流されるな
2091
1950 年代にジョセフ・マッカーシー上院議員が展開していた赤狩りに加わることを拒否した劇作家のリリアン・ヘルマンは、下院非米活動委員会で声明文を読み上げた。その有名な一節をここで紹介しよう。「私は今の風潮に迎合して良心を捨てることはできないし、そうすることはしない」。科学的な証拠を文化的・政治的偏見に合わせてねじ曲げようとするすべての人間は、ヘルマンの言葉を警告として受け取るべきだ。
2107
どんな学説も、科学者の評価とは関係なく、たくさんの証拠を積み重ねた上に成立しなければならない。
中略
どれほど素晴らしい実績があろうと、有名であろうと、すべての科学者は、人を惹きつけてやまない魅力や、華やかな受賞歴や、詩的な文体だけでなく、自分の説を裏づける確かな証拠を持っていなければならないというのが見逃してはならないポイント
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残念ながら、私たちはトキシコロジー (毒物学) の最も重要な教訓である「量次第で薬は毒にもなる」という教えを生かせていないようだ。例えば、(いじめなどで起こるように) 短時間で水を何 Lも飲まされれば、体がナトリウムを保持できる能力を超える恐れがある。そうなれば、血中のナトリウム濃度が低下し、痙攣を起こす可能性もある。
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もし研究者が陰謀論を口にしたら、その相手が唱える説に根拠はないと思った方がいい。「真実を権力に話せばこうなる」という彼らの言い訳はそれらしく聞こえるかもしれないが、だからといって正しいとは限らない。数学者で疑似科学の誤りを論破するノーマン・レビットは、こんな有名な言葉を残している。「ガリレオが権威に逆らったからといって、権威に逆らうものが必ずしもガリレオではない」。彼らがどれほど 1 生懸命に自分たちがガリレオだと信じ込ませようとしたとしても。
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